【言葉】月々の四字熟語



滝廉太郎「荒城の月」(大正琴 MP3)
スタートボタンをクリックすると演奏されます。
曲は、大正琴MP3様( http://miyaken.huu.cc/mp3.htm )からダウンロードしました。
なお、演奏に関する著作権は「みやび大正琴研究会」に属します。


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柳瀬川の一陽来復


以下、一から十二までの各月の数字のつく四字熟語を集めたものです。
自作も含んでいます。
昨年一年間、メーリングリストに書いたものですが、
熟語の追加と文面の誤りの訂正を行った上でまとめました。


●一月

【一期一会】(いちごいちえ)
 一生に一度出会うこと。 また、それを自覚して、 日々の出会いを大切にすること。
 由来は、茶会に臨むには、その機会は生涯に一度のものと心得て、主客ともに誠意を尽せの意。
「一期」は仏教語で人が生れてから死ぬまでの間の意。

 《出典》「茶湯一会集」山上宗二(千利休の弟子)
 《用例》一期一会の縁(えにし)

【一陽来復】(いちようらいふく)
 冬が終わって春がはじまること。冬至、または新年の意味。転じて、苦境続きの後にやっと幸運が訪れるたとえ。
 易の言葉で、陰が極まって陽がくる冬至の日のこと。季節では、陰暦十月に陰の気がまわり、十一月の冬至になって、陽がかえってくる。中国では、正月にこの言葉を書いて家の前に貼る風習もある。
 また、季節に関係なく、不運が続いた後に運気が回復してきたときにも使う。

 一陽来復は、正月によく使われるめでたい言葉であるが、もともとは、「当るも八卦、当たらぬも八卦」といわれる「易」の中にある卦(け)のひとつのことである。「易」には八×八=六十四通りの「卦」があるが、この中の「地雷復」という卦は、暦の「11月」のことを指している。つまり、冬至の月のことである。冬至は、一年で一番昼が短い日。古代では、太陽「陽」の勢いがもっとも弱く、夜「陰」の勢いがもっとも強い、一年の区切りの日と位置づけた。翌日から「陽」の勢いが徐々に盛り返し始めるということで、「ひとつだけ、陽が復活する」=「一陽来復」といわれている。

 現在われわれは、一年の始まりを新暦の1月1日としているが、もともと東洋では旧暦2月4日を一年の始まりとする考え方と、冬至を一年の始まりとする考え方とがある。中国の陰陽思想から生まれた、「陰きわまって陽に転ず」という言い方があるが、これは冬至をさしていわれる言葉で、新年に「春=陽」を呼ぶ行事が多いのも、一陽来復の意味が含まれているからだ。

 《出典》中国の易書「周易本義」復掛(ふくか)


●二月

【無二無三】(むにむさん)
 ただ一つしかなく、それに代わるものがないこと。
 転じて、一つの物事に心を傾けてそれに打ち込むさま。
 由来は、仏教語で、仏になる道は一乗(法華経をさすことが多い)だけで他に道はないという意味。

  《出典》法華経「方便品(ほうべんぼん)」
  《用例》無二無三の方法、無二無三の働き


●三月

【三寒四温】(さんかんしおん)
 冬季、三日間ほど寒い日が続くと、四日間ほど温かい日が続き、それが繰り返されて次第に春めいてくる様子。今年2006年は、2月4日が立春、その翌日の5日が春節、9日が元日だった。  春といっても、この頃はむしろ一年中で一番寒い時期である。
 立春だの元日だのは、もともと中国の北部、黄河の流域で大昔に作られた暦からきた言葉。この地方では、立春のころには氷点下10度、20度といった気温になる。しかし、そうした気温がずっと続くわけではなく、三日ほど厳しい寒さが続くと四日ほど緩み、また寒くなるということを繰り返す。この「三寒四温」を繰り返すうちにいつしか本格的な春になる。

《出典》中国北東部の冬の言葉。
    日本に伝わったルーツは不明だが、「漢詩」と推定される。
《用例》三寒四温で暖かくなっていく頃~~ 
    三寒四温で体調管理が~~~

【歳寒三友】(さいかんのさんゆう)
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 歳寒とは、寒い季節、つまり冬のことをいう。中国では、松・竹・梅の三種類の植物を寒に堪えるものとして「歳寒三友」とよんでいる。この歳寒は論語の「子曰、歳寒然後知松柏之後凋也」から生まれ、三友もやはり論語の「益者三友」(交わって益のある三友)から生まれた言葉。 また、宋代より始まった、中国の文人画のひとつに松竹梅を一画面に描いた絵があり、その画題を“三友図”または“三清図”とよんでいる。
 歳寒三友という呼称は、(1)風雪や厳寒に耐えながら、一年中みどりをたもつ「松」の持久力(マツは“持つ”に通じ、長寿命につながるといわれる)、(2)屈することなくすくすく伸びる「竹」の成長力、(3)春、百花にさきがけて花を開き、ふくよかに香る「梅」の生命力に捧げる賛辞である。そして、このことばをいかなる困難にも耐えしのぶ志操堅固な人の譬(たと)えにした。
しかし日本では、奈良・平安の昔からめでたいものとして慶事の象徴として親しまれてきた。門松に代表されるように、年々歳々“慶び”のシンボルとして使われている。いつまでも美しくたくましく、健やかであること、そのことをひたすら願う心の投影が松竹梅の絵、歌、飾りとなって表れたといえよう。

《出典》論語


●四月

【四海一家】(しかいいっか)
 真心と礼儀を尽して他者に交われば、世界中の人はみな兄弟のように仲良くな
ること。またそうすべきであること。「四海」は四方の海、転じて天下。世界中の意。

《類語》四海兄弟(しかいけいてい)
《出典》論語「顔淵」 
《用例》四海一家の思い、四海一家の趣旨


●五月

【五言絶句】(ごごんぜっく)
 五言絶句とは、五言の句の絶句ということであり、中国の唐代に完成した漢詩の一つ。
略して「五絶」と言う。

 「五言」とは、五つの漢字のことであり、「絶句」とは、四つの行(四句)で表すことをいう。
四句は、起句・承句・転句・結句、つまり「起承転結」から成る。一句は、二字+三字で構成される。例えば、孟浩然の有名な句「春眠不覚暁(しゅんみんあかつきをおぼえず)」は、「春眠」と「不覚暁」の組み合わせである。

《用例》杜甫の詩は五言絶句であるから、起承転結のバランスによって構成されている。


【五臓六腑】(ごぞうろっぷ)
 東洋医学(漢方)における言葉。人体の内臓全体のことを指す。
「臓」とは、主に中身が詰まった臓器で、「五臓」は、肝臓、心臓、脾臓、肺臓、腎臓 の五つを指す。
「腑」とは、食べたものの通り道であり中身が中空の管のような臓器で、「六腑」は、胆嚢、小腸、胃、大腸、膀胱、三焦の六つを指す。

 五臓六腑のなかで三焦にあたる西洋医学の臓器はない。三焦とは六腑の一つで上焦、中焦、下焦に分かれている。
上焦は一般に胸から上の部位をいい心臓、肺が含まれる。中焦は胸から下、臍から上の部位で脾臓、胃が含まれる。下焦は臍から下の部位で腎、膀胱、小腸、大腸が含まれる。
この三焦の定義は色々あってはっきり決まっていないが、概念としては五臓六腑全体を包括している大きな袋のようなものと理解するとよい。

《出典》中国最古の医学書とされる『黄帝内経』
《用例》一仕事を終えて飲む一献、五臓六腑に染み渡る。

【五穀豊穣】(ごこくほうじょう)
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季節の室礼 五穀豊穣 (夢 koto 塚田)

 大地に、作物が豊かに実った状態を表す。
五穀とは、主食の米・麦・粟・豆・黍(きび、所によっては稗の)こと、豊穣とは豊かに実ってほしいという意味。七福神の一人で、大きな福袋を担いでやってくる大黒さん(大黒天)。
俵に乗っているその姿が表すように、もともとは五穀豊穣の神である。

 由来をたどると、元来インドの神であったのが、中国では厨房や食堂の守り神として祀られ、それが日本に伝わり、大国主命と重ねて信仰され、五穀豊穣の神となったという。また、日本の祭りのほとんどは、五穀豊穣を祈願したり神を祭るところから発している。

《用例》日本でも昔から五穀豊穣を祈願して田地田畑を耕してきた。


●六月

【六国五味】(りっこくごみ)
 香道で、匂いの特色を六つの品質と五つの味覚で表したもの。六国列香とも言う。香道は、香りを楽しみ、日常を離れた集中と静寂の世界に遊ぶことを目的とした芸道で、芸術までに昇華した日本のユニークな文化。
 六国は香木の産地のことで、伽羅(キャラ)、羅国(ラコク)、真那賀(マナカ)、真南蛮(マナバン)、寸門陀羅(スモタラ)、佐曾羅(サソラ)の六つ。五味とは、匂いの特色を五つの味覚で表現したもので、甘(あまい)・苦(にがい)・辛(からい)・酸(すっぱい)・鹹(しおからい)を言う。
 伽羅はベトナム、羅国はタイ、真那賀はマラッカ、真南蛮はインドのマラバル地方、寸門陀羅はスマトラ、佐曾羅はインドのサッソールを指す。
 五味と六国の関係については、流派、出典等によって、諸説があるようだが、例えば、伽羅は苦 、羅国は甘 、真那伽は無味 、真南蛮は鹹、寸聞多羅は酸、佐曾羅は辛に対応させている宗匠もある。

《出典》三條西実隆や志野宗信によって編み出された香道の体系。   
《用例》香道の「六国五味」は、イメージ表現や感覚表現にも応用できる。

【六根清浄】(ろっこんしょうじょう)
 六根とは、眼・耳・鼻・舌・身・意の六根の働きのことで、清浄とは、不浄なものを清めること。六根清浄は、眼耳鼻舌身意の六根を清めること、六根から来る一切の迷いを断ち切って、心身を清らかに保つことである。
 眼は不浄を見ない、耳は不浄を聞かない、鼻は不浄を嗅がない、舌は不浄を味あわない、身は不浄に触れない、意(心)は不浄を思わない、つまり身も心も無垢清浄になろうという祈りの言葉が「六根清浄」であり、それが「六根浄」となり、「どっこいしょ」となった。
 昔の人は、それほどまでに身心の清浄を念願として生活してきたのである。
昔の登山は信仰に根ざしたもので、登山者は道者と呼ばれていた。
道者は、先達といわれる山伏に導かれて、「六根清浄、お山は晴天」と唱えながら山に登った。祈りの言葉がかけ声にまでなった。

《出典》円覚経(えんがくきょう):中国で撰述された仏教の経典
《用例》六根清浄を唱えながら富士山に登りました。


●七月

【七難七福】(しちなんしちふく)
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「七難七福図」円山応挙

 平安時代に中国から伝来したお経『仁王経』の中に、「七難即滅、七福即生」(しちなんそくめつ、しちふくそくしょう)の文言が書かれている。
「七つの災難がすぐに消え、そして、七つの福徳がすぐに生まれる」という意味である。これを短縮したのが「七難七福」。

 「七難」とは、次の七つの災いだとされている。
1.「日月失度(にちがつしつど)」:太陽と月の運行が狂うこと。
2.「星宿変異(せいしゅくへんい)」:星の運行異変。
3.「火災」 4.「水災」 5.「風災」
6.「旱魃(かんばつ)」:長い間雨が降らず、水が涸(か)れること。
7.「賊」:以上の結果、人災が起きること。

 中国では、この「七難」を避けるのが国を司る国王の重要な務めだった。

 「七福」は、明確に記述されたものはないが、自分自身の「心」の在り様とも考えられる。

 日本では、「七難七福」が語源となり、「七福神」の信仰につながっていく。
災厄を除いて福徳を授けてくれるとされる七神のそれぞれに、七つの福徳を配して「七福神」としている。室町時代に、画題の「竹林の七賢人」になぞらえて、七体の福神を取り揃えたのが始まりとされている。
 そのメンバーと七つの福徳は以下の通りである。
1.恵比寿神(清廉) 2.大黒天(有徳) 3.弁財天(愛嬌)
4.毘沙門天(威光) 5.寿老人(長寿) 6.福禄寿(人望)
7.布袋尊(裕福)

 仏教には「七難」「七福」といった言葉のほかにも、「七」のつく言葉は極めて多く「七仏」「七祖」「七宝」「七生」・・・等々「七」は仏教においては特別な数だといえる。
中国の伝統的な考え方においても、「七」は聖数だった。
「竹林七賢」「七曜」「七情」等もそうである。
「七」という数は東洋だけでなく、西洋でも特別な数だった。
例えば、聖書では「神は第七日目を祝福し、その日を聖であるとされた」とある。「聖書」においては「七」には、完成・成就・完全といった意味があるようだ。

《出典》仏教の経典『仁王経』
《用例》七福神めぐりは、商売繁盛、家内安全、不老長寿など七難七福を叶えてくれる健康ウォーキングだ。

【竹林七賢】(ちくりんしちけん)
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竹林七賢(九谷焼)

 識見に富む時代のリーダー七人をあげて「竹林七賢」と言ったりする。
もとは、中国の三国時代に戦乱の世のわずらわしさからのがれ、竹林に集まって議論を交わしたといわれる七人の思想家や政治家などをさす。
インテリ集団といえるだろう。竹林の七賢人ともいう。
メンバーは 阮籍、ケイ康、山濤、劉伶、阮咸、向秀、王戎の七人。七人は、文学、音楽、詩、酒を好むとされ、日本では室町時代以降、よく画題として取り上げられている。
時は三世紀半ば、三国時代の末期であった。『三国志』で有名な時代だが、当時の名将たちはすでに世を去り、二世三世の時代となっていた。
 三国のうち最も強力だったのは魏であったが、その建国者ともいえる曹操(武帝)、その息子で初代皇帝の曹丕(文帝)、二代皇帝曹叡(明帝)らが世を去る頃には、早くも王朝の力は衰え始めていた。曹一族に代わって権力を握ったのは司馬一族であった。魏王朝は名目だけとなり、傀儡皇帝の元で司馬一族の礼教政治が行われた。
 七賢が活躍するのはまさにそんな時代であった。言論の自由はほとんどなく、司馬一族を少しでも批判するような言動を取ったものは容赦なく粛清される。
 魏建国に貢献し、代々魏王朝に仕えてきた者でも、自らの保身のため司馬一族に媚びへつらい、次第にその一門に取り込まれていった。
 そうして、司馬一族は確実に禅譲への礎を築き、やがて司馬昭の息子司馬炎が魏皇帝の禅譲をうけ、晋王朝を開いたのである。
 そんな中で、形だけの礼教政治に嫌気がさした阮籍らは、飲酒奇行を繰り返すことによって政治批判をしていた。といっても礼教そのものを嫌っていたのではない。むしろ逆であった。真の礼教を愚直なまでに敬愛するあまり、それを大義名分にしたり、権力者が利用することが許せなかったのである。
 彼らは常に本音で接することを求めた。その結果、彼らには飲酒奇行を繰り返す以外の道はなかったのだといえる。

《出典》 中国晋王朝について書かれた歴史書「晋書」(しんじょ)
     『七人、常に竹林の下に集いて肆意酣暢す。故に世に竹林七賢と謂う』
《用例》専門分野の異なる研究者が「竹林七賢」に倣って議論を重ねた結果~


数字のつく四字熟語ではありませんが、七夕一夜にちなんでロマンチックな四字熟語を・・・

【牽牛織女】(けんぎゅうしょくじょ)
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牽牛織女図  美英造(よしひで つくる)


 牽牛星と織女星のこと。日本では彦星と織姫星。
 牽牛星は毎年、陰暦七月七日の夕、天の川を渡って織女星に会うという伝説がある。中国最古の詩篇『詩経』の中にすでにこの両星を歌った詩がある。
中国の六朝時代(5~6世紀)には七夕の行事が行われており、「七月七日は牽牛と織女が会う夜である」と古代中国の風俗などを著した古書にあり、またこの日が手仕事の上達を女性が願う日であることを記している。

 その物語は、およそ次のようなストーリーである。
 天帝の娘・織女は、毎日機織りに精を出し、他のことには見向きもしない姫であったという。これを憐れんだ天帝は、天の川の対岸に住む働き者の牽牛に嫁入りさせた処、二人はすっかり仲良くなり、そのために織女は全く機織りをしなくなり、牽牛も牛を牽いて働くことをしなくなったと言う。 これを怒った天帝は織女を連れ戻してしまったが、二人の嘆き悲しむ様を見て、一年に一度七夕の夜だけ天の川を渡って会うことを許したとされる。しかし、その日にあいにく雨が降ると、天の川の水かさが増して渡ることができないので、その時は 鵲(かささぎ)という鳥が飛んできて天の川に翼で橋をかけて渡してやるのだという。

 この牽牛星と織女星が出会う伝説が中国全体に広まり、またこの日に女性が裁縫の上達を願う風習が盛んになり、長く続いたといわれる。七月七日に牽牛と織女を祭った七夕伝説と、女性の機織りや裁縫そして男性の牛飼いや農耕の技術の上達を願った星祭が一つになったものが七夕祭りであるとされる。

 日本では、和歌の時代に、牽牛織女に感情移入して逢瀬の短いことを嘆き、暁を恨む歌が多く詠まれた。

《出典》詩経
《用例》七月七日の宵は、牽牛織女のカップルにとっては好天だといいのだが。

《用例》牽牛織女で連想するのが、ディズニー映画「ピノキオ」でクリフ・エドワーズが歌い、
    数多くの歌手やジャズ・ミュージシャンによっても演奏されている「星に願いを(When You Wish Upon a Star)」。


●八月

【八面玲瓏】(はちめんれいろう)
 どの方面から見ても、美しく欠点がないこと。
 「八面」はすべての方面。「玲瓏」は玉のように美しく輝く様子。
 したがって、八面玲瓏は次のような意味を表す。
(1)どの方面から見ても美しく鮮明であること。
(2)心が澄み切ってさっぱりしていること。
(3)どんな人とも円満に交際できること。

《出典》『開窓看雨』馬煕(ばき)←詩人
《用例》八面玲瓏という言葉の示すように、富士山はどちらの方角から見ても美しい世界に類をみない形の美火山だと思います。

【八面六臂】(はちめんろっぴ)
 もとは、八つの顔と六本の腕を持っている仏像のことをいう。
 転じて、多方面に目覚ましい手腕を発揮すること。多才で、一人で数人分の働きをすること。

《類語》三面六臂
《由来》仏像の姿
《用例》彼は、ヴァイオリン、ギター、キーボード、ヴォーカルと八面六臂の大活躍を続ける超アーティストだ。
《用例》能力もないのに一度に沢山のことをやろうとすると、八面六臂とはいかず、八方塞がりになりかねない。

【岡目八目】(おかめはちもく)
 碁を見物していると、対局者よりもずっと先の手まで見越して形勢が読める。
 転じて、傍観者のほうが当事者よりもかえって物事の状況がよくわかることを言う。
 「岡目」は、他人の行為を脇から見ることで、「傍目」とも書く。

《出典》囲碁の世界から出た言葉
《用例》岡目八目というように、利害のない人間の方が適切な判断ができるものだ。


●九月

【三拝九拝】(さんぱいきゅうはい)
1.三拝の礼と九拝の礼。
2.何度も繰り返し礼拝して、敬意を表すこと。転じて、何度も頭を下げて人に何かを頼むこと。
3.手紙文で、末尾にしるして深い敬意を表す挨拶の語。

 「礼」は、古代からインドの習俗で、仏教とともに日本へ入ってきた尊敬を表わす身相。「礼拝」とは、相手を尊び恭しく敬いの意を体で表現する方法で、インドでは九種類もある。一般よく見るのは「合掌低頭(がっしょうていず)」、「長跪合掌(ちょうきがっしょう)」、「五体投地(ごたいとうち)」の三つ。これを一回すれば「一拝」、三回すれば「三拝」、九回すれば「九拝」となり、何度も何度もすれば「三拝九拝」となる。合掌低頭とは、両手の掌(たなごころ)を合わせて頭を下げること。 長跪合掌とは、お経の中に一番よく出てくる言葉で跪(ひざ)まづいて合掌すること。五体投地とは更に体を低くして、額、両肘、両膝を地につけて拝(おが)むこと。

 この膝を付けて合掌する長跪合掌が、日本の正座の源流だと思われる。正座はインドに限定されるものではない。古代のエジペト、ギリシア、中国にすでにあり、礼拝中のイスラム教徒の座位も正座に近いことからも知られている。アラブやイランなどでも日常往々にして正座をする。日本では畳が江戸時代の元禄・享保のころ普及するにつれて正座も庶民に広がった。ただし、この正座を座位としているのは日本だけで、朝鮮での正座は一側は日本式正座で他側の膝を立てる。アラブなども同じく右膝を立てて座る。

 膝を付けて礼拝するスタイルが、合掌・礼拝の元にあり、畳の普及などによって正座が寺院における礼拝の時の座位として定着したものと思われる。またこの座位がもっとも安定したスタイルでもある。

《由来》仏教の身相
《用例》お寺に行くと信者が熱心にお祈りをして線香を供え、三拝九拝をしている姿を多く見かけます。

【三々九度】(さんさんくど)
 神前式では必ず行われる婚礼の儀式。お神酒を一つの器で共飲することにより一生苦労を共にするという誓いを意味している。3組に重ねられた杯に2度お酒を注ぐ真似をし、3度目に本当にお酒を注ぐ。そして、杯のお酒を、3度に分けて飲む。3つの杯をそれぞれ3度ずつ、合計で9回飲むので「三々九度」という。

 三々九度の起源とも言われている応神天皇の物語がある。応神天皇が山城の国であった美女に、その名を尋ね彼女は矢河枝比売と答えたため、(名前を答えるというのは求婚に応じる意)天皇が翌日その家へ行ってみると、彼女の父は娘に天皇に仕えるように諭し、彼女はご馳走を用意し天皇に御盃を捧げ、天皇は歌を歌われたという話である。つまり、これが後の三々九度の杯のはじまりと言われている。

 古来より二人の仲を「割り切れない」奇数を、おめでたい数として使うが、この三々九度もその例に漏れない。 この3段に重ねられた杯は、上から「天」「地」「人」を表しており、「3」が天・地・人を象徴する数字、「9」はその割り切れない奇数の最上位と、おめでたの3乗とも言うべき儀式なのだそうだ。

《由来》3や9は、昔からおめでたい数字だそうで、この数字を繰り返すことで、更におめでたいという説や、数字を「陰」と「陽」に分けた時、奇数が陽になり、陽のなかで最も大きな9という数お酒を飲むのがいいという説など、色々あるようだ。三々九度の風習は江戸時代より一般的に行われるようになったと言われており、『貞丈雑記』という本にも詳しい解説が載っている。


●十月

【十風五雨】(じっぷうごう)
 十日にいちど風が吹き、五日に一日雨が降るのが、農作には最も良い天候である。
 転じて天下泰平なことの意味もある。

《出典》『論衡(ろんこう)』中国の古書(五行説に関する書物)
《類義語》五風十雨(ごふうじゅうう)

【十全十美】(じゅうぜんじゅうび )
 完全無欠で申し分がないこと。完全で全く欠点のないこと。
 すべてが揃って完全なさま。完璧、パーフェクトなこと。
 「十全」は完全なこと。少しの欠点もないこと。
 「十美」も完璧で非のうちどころのないさま。

《類義語》完美無欠、完全無欠
《出典》『周礼(しゅうらい)』(中国の儒教の経典)
《用例》十全十美な準備、十全十美の仕上がり、十全十美の試合


●十一月

【十一寒月】(そいかんげつ)
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寒月(ロウバイ)

 筆者の造語である。十一月は、霜月(しもつき)とも言い、寒さに向かう月である。新暦の十一月七日頃を立冬といい、立冬から立春の前日までが冬とされた。立冬の頃は、日は短くなり時雨が降る。

 北国や高山からは初雪の知らせも届き、関東では空っ風が吹き、冬の気配が感じられるようになる。 昼間はまだ暖かくも、朝晩は冷え込んでくる。

 自然の恵みが熟しきって最も美味しくなった時を「旬」と言う。この寒さに向かう中でも美味しくなるのも沢山ある。「牡蠣」「蟹」「ふぐ」。

 果物も美味しく出回るものが多く、季節の味を賞味したいものだ。

 霜を見ることが多くなるので、霜月とよぶ。霜月の語源は『奥義抄』の中に「十一月(しもつき)、霜しきりにふるゆえに、霜降月というを誤れり」とあるように、霜降月の変化したものだとするのが定説になっている。

 都会では霜が珍しくも感じられるが、11月をあらわすには、いい言葉だ。

 霜月を迎えて紅葉する木々や来春の花芽を持つ木々が様々な表情を見せて、秋に佇んでいる。

 寒月とは、天地凍てつくような空にかかった、見るからに寒いような月をいう。虚子の句に「寒月を網する如き枯枝かな」とある。

 歳時記の寒月に「雲一つない時は冷徹そのもののように身魂に刃をあてる鋭さがあり、雲間を駛る寒月には凄さがある」とある。

《成句創作》筆者

【十一楓葉】(そいふうよう)
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晩秋の室礼 at ヘアサロンMIKI (夢 koto 塚田)

 これも、筆者の造語である。十一月の楓(かへで)のもみじ葉のことをいう。

 楓葉とは、紅葉した楓の葉をいう。紅葉は、落葉樹の葉は凋落する前、霜や時雨の降るたびに美しく染まる。その代表的なものは楓であるが、その他のものも含めて紅葉という。

《成句創作》筆者


【十一面仏】(じゅういちめんぼとけ)
 「十一面観音菩薩」(じゅういちめんかんのんぼさつ)あるいは「十一面観世音菩薩」(じゅういちめんかんぜおんぼさつ)を筆者が勝手に略して、「十一面仏」と命名した。国宝、重要文化財等の指定名称は「十一面観音」となっている。

 西遊記の三蔵法師のモデルとして知られる玄奘三蔵が訳した「十一面神咒心経」にその像容が明らかにされている。

 本体の観音さまの顔以外に頭上に十一の顔を持つ仏さまである。人間にもいろいろな心があるように、そのかたちを表したものが十一の顔だという。

 十一面の構成にもいくつかのパターンがある。大きく別けると本面の顔と十方を示す十面を合わせるものと、本面と別に十一面を加える例が日本には残っている。

 なお、十面の意味は、左の三面が怒りのお顔、前の三面が菩薩の静かなお顔、右の三面が菩薩の表情をしながら牙をむき出すお顔、そして最後の一面が大笑いをするお顔となっているのが一般的だそうだ。

 右手には蓮の花をもち、左手には数珠をもっているかたちが一般的だが、数珠のかわりに錫杖(しゃくじょう)をもち、岩座に立つものを「長谷寺式十一面観音」(はせでらしき)と呼ばれている。

 日本では、奈良時代から十一面観音の造像・信仰はさかんに行われ、法隆寺金堂壁画(1949年の火災で焼損)中の十一面観音像が最古の作例と見なされる。

《成句創作》筆者


【十一湯訪】(じゅういちゆぼう)
 山形県と宮城県にまたがる雄大な蔵王連峰の周囲に、個性豊かな十一の温泉地がある。山形蔵王にある蔵王温泉・さくらんぼ東根温泉・天童温泉・かみのやま温泉・赤湯温泉の5ヶ所、宮城蔵王にある作並温泉・秋保温泉・青根温泉・遠刈田温泉・鎌先温泉・小原温泉の6ヶ所で、両県を合わせて計11ヶ所の蔵王連峰の温泉地である。

 十一湯訪は、四季折々に表情が変わる蔵王を楽しみながら、"みちのく蔵王"の11の温泉をめぐる旅である。正確には「蔵王十一湯訪」といい、宮城、山形両県によって2005年に企画された。

 以下、それぞれの温泉地を略記する。
01. 蔵王温泉(山形県山形市)蔵王連峰の中腹、みちのくを代表する湯治場
02. さくらんぼ東根温泉(山形県東根市)水田と果実園に囲まれた美しい田園
03. 天童温泉(山形県天童市)全国一の生産量を誇る将棋駒と溶け合う湯の町
04. かみのやま温泉(山形県上山市)城下町の面影を色濃く残す温泉郷
05. 赤湯温泉(山形県南陽市)伊達藩・上杉藩の奥座敷として栄えた名湯
06. 作並温泉(山形県南陽市)瀬音ゆかしい広瀬川上流の山間のいで湯
07. 秋保温泉(宮城県仙台市)清流名取川が静かに流れる、日本屈指の古湯
08. 青根温泉(宮城県川崎町)蔵王の山裾、伊達藩の御殿湯
09. 遠刈田温泉(宮城県蔵王町)蔵王連峰の東麓、遠刈田系こけしの里
10. 鎌先温泉(宮城県白石市)蔵王の緑濃い湯の里、弥次郎系こけしのふる里
11. 小原温泉(宮城県白石市)白石川上流、深い渓谷に面した閑静な湯の里

《出典》宮城、山形両県


数字のつく四字熟語ではありませんが、この季節にふさわしいな四字熟語を・・・ 

【小春日和】(こはるびより)
 立冬(11月7日か8日)を過ぎてからの、晩秋から初冬にかけての「春のようにぽかぽかと暖かい秋の空模様」の事をいう。

 「小春」とは、旧暦(太陰暦)の10月の別称であり、春のことではない。現在我々の使っているカレンダーは、全て「太陽暦(新暦)」を使っている。
それに対し「小春」と呼ばれていた時代は「太陰暦(旧暦)」を使っていた。
「日和」とは、天候や、空模様の事を意味する。したがって、「小春日和」とは、11月頃、つまり秋の終わりや、冬の初めに訪れる、春のような穏やかな空模様の事を言う。

 太陽暦と太陰暦にはずれがあるので、太陰暦での10月頃と言うのは、現在の11月頃と言う事になる。本当は太陽暦と太陰暦は2ヶ月ぐらいずれているのだが、「小春」が一月しかずれていないのは、おそらく「頃」と言う微妙なニュアンスを用いているからだろう。

 なお、小春日和な日の事や、その日差しの事を「小春日」。
小春日和な空の事を「小春空」。
小春日和が多い時期の事を、前述の「小春」。
俳句では「小春」「小春日」に日和の意味を含ませている。
そして小春の時の、静かな海の事を「小春凪(こはるなぎ)」と言う。
もちろん全て、晩秋の日の事である。

《出典》吉田兼好著『徒然草』の百五十五段に「十月は小春の天気」とあるから、中世から使われ出していたようだ。
《用例》穏やかな小春日和の陽射しに川面がキラキラと揺らめいて・・・
《用例》こんな小春日和の穏やかな日は貴方の優しさが浸みてくる
       (さだまさし「秋桜」より)


●十二月

【十二星座】(じゅうにせいざ)
 現在一般的に用いられる星座名は、国際天文学連合(IAU)が定めた88星座の分類による。地球から見た太陽の通り道のことを黄道(こうどう)というが、十二星座とは、88の星座のうち、黄道上に現われる12の星座を指す。正式には黄道十二星座という。

 十二星座は、西洋占星術上での星座である。約2000年前にギリシア人が黄道上に現われる星座を12等分してつくったものである。起源は古代メソポタミア文明までさかのぼることができる。太陽やその他の惑星の通り道にあたるこの場所は古来から重要視され、天体観測もこの黄道十二星座を中心に行われた。

 黄道十二星座のうちいくつかは、メソポタミアに住んでいた羊飼いによって設定されたといわれる。物的な証拠は残っていないが、ヒツジ、ヤギ、ウシといった家畜がすべてこの黄道十二星座に含まれているのが、間接的な証拠とされる。メソポタミア地方に住んでいた羊飼いたちは羊たちが眠っている夜、空を仰ぎながら星と星をつないでさまざまな絵を夜空に想像していたそうだ。

 これが星座のはじまりで、この星座がギリシアに伝わった時、ギリシア神話と結び付いたと言われている。

 具体的には、下記の12の星座をいう。()内の日付は、西洋占星術において生まれ星座を示す。但し厳密には年差によって異なる場合がある。

  おひつじ座 (3月21日~4月19日)
  おうし座 (4月20日~5月20日)
  ふたご座 (5月21日~6月21日)
  かに座 (6月22日~7月22日)
  しし座 (7月23日~8月22日)
  おとめ座 (8月23日~9月22日)
  てんびん座 (9月23日~10月23日)
  さそり座 (10月24日~11月21日)
  いて座 (11月22日~12月21日)
  やぎ座 (12月22日~1月19日)
  みずがめ座 (1月20日~2月18日)
  うお座 (2月19日~3月20日)

 なお、誕生星座と実際の星座が見れる季節にズレがある。例えば、山羊座・・・秋の星座なのに、誕生星座としてはほぼ1月。

 黄道十二星座とは、太陽が1年かけて一周する時に通る道筋にある(実際は地球が動いている)星座のことなのだが、1年はきっかり365日ではない。少しずつズレる訳だ。

 誕生星座が設定された時、山羊座、つまり1月は秋だった。それが長い年月が経つうちにズレて、1月は冬になってしまったのである。

【十二因縁】(じゅうにいんねん)
 仏教の基本的考えの一つで、輪廻転生(りんねてんしょう)や因果律(原因結果の法則) に繋がる重要な考え方。自分の境涯は全て事前に原因があり、その原因は自分自身が作ったものである、と言うのが十二因縁の言わんとするところである。これを因果律と言う。この再誕のプロセスを輪廻転生と言う。

 現実の人生の苦悩の根元を追求し、その根元を絶つことによって苦悩を滅するための12の条件を系列化したものである。

 ある物事における原因と結果(因果)と人間が過去(前世)・現在(現世)・未来(来世)の三界を流転する輪廻のようすを十二に分類している。無明(むみょう)・行(ぎょう)の「過去の二因」、識(しき)・名色(みょうしき)・六処(ろくしょ)・触(しょく) ・受(じゅ)の「現在の五果」、愛(あい)・取(しゅ)・有(う)の現在の三因、・生(しょう)・老死(ろうし)の「未来の二果」の称の十二をいう。

《出典》 釈迦の教理「四諦十二因縁八正道」
《用例》 手塚治虫の「火の鳥」は、十二因縁の輪廻転生をテーマにし、
     人類の原始から滅亡、そして新たな生命の再生までを、膨大な時空の
     流れの中で綴っていく、人類のオデッセイ(叙事詩)ともいうべき物語である。

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手塚治虫原作 蜷川幸雄演出 スペクタクル音楽劇「NINAGAWA 火の鳥」
(さいたまスーパーアリーナ開館記念パンフより)


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ルネ・ラリック 「火の鳥」 ガラスプレート








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この記事へのコメント

2008年12月02日 18:10
良い意味のものばかりですね{%表情ニコニコdeka%

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