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zoom RSS 日比野景「李香蘭」を唄う

<<   作成日時 : 2009/07/05 23:31   >>

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日比野景「李香蘭」を唄う

志木音楽鑑賞会『日比野景「李香蘭」を唄う』の案内に誘われて、
本日(2009.7.5)、志木ふれあいプラザに行ってきました。

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昭和の時代を数奇な運命とともに生きた歌姫「李香蘭」の名曲を
平成の新感覚でつづる期待のコンサート


ソプラノ歌手 日比野景(ひびの けい)さんの音楽を聴くのは初めてで、
李香蘭(り こうらん)こと山口淑子(やまぐち よしこ)さんの
「すばらしく澄んだお声の日比野景さん」という期待の言葉に動かされました。
それと、山口淑子さんは1920年(大正9年)、中国旧満州生まれで、私の母の年代。
私は、映画「蘇州の夜」が公開された1942年(昭和17年)、満州の西、山西省太原市の生まれ。
生まれただけで、開戦のため両親とともにすぐに日本に引揚げたのですが、
母が若い頃、時折、李香蘭の「夜来香(イェライシャン)」や「蘇州夜曲」などを
歌っていましたので、懐かしさもあって。

プログラムは、第1部"珠玉のオペラ・アリア"、第2部"ロマンティック・フルート"、
そして、第3部"李香蘭の世界"に分かれていました。

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日比野景


2005年7月に日本クラウンからリリースされたCDアルバム「日本のうた/日比野景」において、
清涼感溢れる叙情的歌声が、伝説の歌姫・李香蘭をどのように再現するかが注目されていました。
日比野景さんのソプラノを聴いて、その美しい発声と張りのある歌声に魅了されました。
ソプラノとは女性の声のいちばん高いパートのことで、
素晴らしいボリュームが会場に響き渡りました。
日曜日の午後のひと時を、じっと耳を澄ませました。

フルートは、フランス音楽コンクール管楽器部門第1位、万里の長城杯国際音楽コンクールなどで入賞され、
ソリストとしても国際的評価の高い飯島幸子さん、
ピアノは、イタリア・ボローニャの2agosto国際作曲コンクールでご自身の作品が第3位に入賞された
作曲家・指揮者・ピアニストの徳永洋明さん。
この3名のアーティストの織り成す音の競演が、初夏の志木ふれあいプラザのステージにときめきを運びました。

アンコールで、日比野さんの歌声に合わせて「夜来香」を日本語の歌詞で来場者全員で歌いました。
 夜来香(イエ ライ シャン)
   訳詞:佐伯 孝夫

    あわれ春風に 嘆くうぐいすよ
    月に切なくも 匂う夜来香
    この香りよ
    長き夜の泪(なみだ)
    恋の夢消えて 残る夜来香
    この夜来香
    夜来香 白い花
    夜来香 恋の花
    ああ 胸いたく 唄かなし
    夜来香 夜来香 夜来香 ・・・


日比野景ファンクラブから日比野景さんに贈られた「夜来香」の花が、会場に芳香を放っていました。

以下、当日のプログラムです。

第1部 珠玉のオペラ・アリア
      日比野景(ソプラノ) 徳永洋明(ピアノ)
     「フィガロの結婚」より「恋とはどんなものかしら」(モーツァルト)
     「ラ・ボエーム」より「私が町を歩くと」(プッチーニ)
     「ラサルカ」より「月に寄せる歌」(ドヴォルザーク)
     「こうもり」より「公爵様よくご覧になって」(J.シュトラウス)
     「メリー・ウィドー」より「ヴィリアのうた」(レハール)

第2部 ロマンティック・フルート
      飯島幸子(フルート) 徳永洋明(ピアノ)
     「シチリアーノ」(フォーレ)
     「ヴェニスの謝肉祭」(ジュナン)

第3部 李香蘭の世界
      日比野景(ソプラノ) 飯島幸子(フルート) 徳永洋明(ピアノ)
     「夜来香」(金 玉谷 作詞・作曲)
     「紅い睡蓮」(西条八十 作詞: 古賀政男 作曲)
     「夜霧の馬車」(西条八十 作詞: 古賀政男 作曲)
     「支那の夜」(竹岡信幸 作曲)
     「蘇州の夜」(西条八十 作詞: 仁木他喜雄 作曲)
     「乙女の祈り」(西条八十 作詞: 伊藤宣二 作曲)
     「私の鶯」(サトウハチロウ 作詞: 服部良一 作曲)
     「何日君再来」(要如 作詞: 長田恒雄 訳詞: 劉雪庵 作曲)
     「蘇州夜曲」(西条八十 作詞: 服部良一 作曲)
      田北豊明(構成・演出) 李那(中国語指導)

  2009年7月5日(日) 14:30開演
  志木ふれあいプラザ(志木駅東口フォーシーズンズ)
  主催:志木音楽鑑賞会 協賛:NPO法人 志木の輪

日比野景プロフィール
 岐阜県出身。名古屋音楽大学大学院声楽専攻修了。
 二期会オペラスタジオ修了。二期会会員。
 「フィガロの結婚」ケルビーノ、「ドン・ジョバンニ」ドンナ・アンナ、「ラ・ボエーム」ミミ、
 「椿姫」ヴィオレッタ等、多くのオペラ、またオペレッタでの主要な役で出演、活躍中。
 2005年7月にリリースしたCDアルバム「日本のうた/日比野景」(日本クラウン)における、
 その清涼感あふれる日本の抒情は、好評のうちに各方面から注目を集めている。

飯島幸子プロフィール
 パリ・エコールノルマル音楽院留学、Diplome Superieur取得。
 パリ・オペラ、シャンゼリゼ等において、Ensemble Infinitiveのメンバーとしての
 演奏活動など海外での活動のほか、フランス音楽コンクール管楽器部門第1位、
 万里の長城杯国際音楽コンクールでの入賞などソリストとしても高い評価を得ている。

徳永洋明プロフィール
 東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。2003年、イタリア・ボローニャで開催された
 "2agosto"国際作曲コンクールで第3位に入賞するなど作曲活動のほか、ピアニスト、
 指揮者としてクラシックのみならず、ミュージカルやポピュラー・ミュージックなど
 多岐にわたるミュージシャンと競演し活躍している。


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志木音楽鑑賞会『日比野景「李香蘭」を唄う』の案内
画像クリックで拡大


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李香蘭を唄った当日の日比野景さん


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李香蘭(山口 淑子)


〜 日比野 景さんに期待します 〜
 すばらしく澄んだ美しいお声の日比野 景さんが「李香蘭の世界」を歌ってくださることを大変うれしく思い、
 コンサートを楽しみにしております。ご盛会とともに、今後のご活躍を心よりお祈り致します。 
                                                山口 淑子
    志木音楽鑑賞会『日比野景「李香蘭」を唄う』の案内より



CD「日本のうた/日比野景〜明治から平成まで」の概要です。
   2005年7月21日発売  レーベル クラウン

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CD「日本のうた/日比野景〜明治から平成まで」


1. 花(滝廉太郎)
2. 砂山(中山晋平)
3. 宵待草(多忠亮)
4. 平城山(平井康三郎)
5. 雪の降る町を(中田喜直)
6. 花の街(團伊玖磨)
7. さくら横ちょう(中田喜直)
8. からたちの花(山田耕筰)
9. 浜辺の歌(成田為三)
10. この道(山田耕筰)
11. お菓子と娘(橋本国彦)
12. ねむの木の子もり歌(山本正美)
13. 時計台の鐘(高階哲夫)
14. かあさんの歌(窪田聡)
15. すみれの花咲く頃(デーレ)
16. カチューシャの唄(中山晋平)
17. 落葉松(小林秀雄)
18. こもりうた(團伊玖磨)
19. 真白き富士の嶺(インガルス)
20. 蘇州夜曲(服部良一)
21. 涙そうそう(BEGIN)

試聴サイト:http://item.rakuten.co.jp/book/3884666/

日比野景Webサイト:http://www5.ocn.ne.jp/~keikei/


「李香蘭」こと山口淑子さんについて
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李香蘭(山口淑子さん)


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李香蘭こと山口淑子さん

 山口 淑子(やまぐち よしこ)は、大正9年(1920年)2月12日、満州(現・中国東北地区)の炭鉱の町・撫順で生まれ、奉天(現在の遼寧省の省都・瀋陽市)と北平(現在の北京市)で育った、国際的女優・歌手。本籍は、佐賀県北方町。2009年現在89歳。今でも美しく健在である。

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李香蘭の出生地である撫順は中国北東部(旧満州)の有名な石炭の産地。
出身地の瀋陽は中国北東部の中心都市で、満州国時代は奉天と呼ばれ、
日本との歴史的な結びつきは深い。瀋陽と撫順間は高速道路で約30分。
李香蘭の歌に出てくる蘇州は東洋のベニスと言われる水の都。上海と南京の中間位の所にある。


 山口淑子の父・文雄は南満州鉄道(満鉄)が経営する撫順炭鉱の社員に中国語を教える仕事をしていた。淑子も父の北京語の授業を炭鉱社員と一緒に受け、幼くして日本語、中国語のバイリンガルになっていた。父・文雄は瀋陽銀行総裁の李際春将軍と親しくしていた。中国では2つの家族が親しくなると養子縁組のようなことをするらしく、淑子は李際春の養女として李香蘭(り こうらん)の名をもらった。北京の女子高に進学した淑子は白系ロシア人のリューバと出会い、亡命オペラ歌手ポドレソフの紹介を受ける。ポドレソフの指導で声楽の才能を開花した淑子はステージに立ちラジオ出演もする。1938年女学校を卒業した淑子に長春(旧新京)にできたばかりの満州映画協会(満映)から誘いの声がかかった。満映の理事長であり、関東軍の謀略工作参謀である甘粕正彦が、中国人として育ち、日中両方の言葉が堪能で歌唱力があり、しかも表紙写真の通り絶世の美人である淑子に目を付けたのは当然の流れだったのかもしれない。
 淑子は「日本と満州の親善のため」との美名に従い18歳で女優・李香蘭となる。李香蘭は中国人女性の代表として日本人男性代表の長谷川一夫などと共演し、日中のラブ・ストーリーを描く映画などで瞬く間にトップスターに駆け上がった。李香蘭は1943年まで6年間満映が企画する日本を礼賛する映画に中国人女優として出演、映画挿入歌で今も歌われる「夜来香(イエライシャン)」はアジア全土で大ヒットした。
 李香蘭は中国人の中でも人気スターであった一方、反日中国人達からは日本帝国主義の片棒を担ぐ「売国奴」と言われ非難されていた。1945年8月15日、彼女は上海で玉音放送を聞いている。終戦の安堵も束の間、中国軍に逮捕され「中国人でありながら日本軍に協力した漢奸(売国奴)」の容疑で軍事法廷に立たされる。李香蘭は銃殺刑が宣告される寸前に古い戸籍票で日本人、山口淑子であることの証明に成功し、処刑を免れた。
 強制収容所から放免された淑子はアメリカのハリウッドに渡り女優を続け、1951年に世界的彫刻家、イサム・ノグチと結婚、1955年離婚、1958年外交官大鷹弘と再婚し映画界から引退する。1969年にはフジテレビの「3時のあなた」のキャスターとして人気を博し1974年から1992年まで3期18年間参議院議員として世界平和や環境問題に尽力した。
 李香蘭は冒頭の劇団四季のミュージカルを始め、映画、テレビドラマ、伝記など数多く紹介されている。それは、彼女が中国人と日本人の二つの顔を持ち、日本の中国侵略に利用されるという不幸な時代の辛酸を舐めた生き証人だからだ。李香蘭は日本と中国の不幸な時代を物語る、決して忘れてはならない歴史の偉人と言っても過言ではないだろう。
 映画、ドラマ、伝記などで有名な「男装の麗人、川島芳子」(1907−1948年)とともに、歴史の波に翻弄された2人のヨシコを忘れることができない。
(『中国・旧満州の旅【2】』 http://4travel.travel.msn.co.jp/e/msn/traveler/sasuraiojisan/album/10025900/ 等より転載・編集)


夜来香_山口淑子(李香蘭) YouTube
夜来香_山口淑子(李香蘭)


夜来香の歌詞が書かれているサイトです。
 http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=77649

 夜来香(イェライシャン)は、中国の黎錦光が作詞作曲し、1943年(中華民國32年)に李香蘭の歌唱により上海の百代唱片公司から発売された中国の歌謡曲です。全中国にヒットしました。やがて新中国建国の後は、国情とは合わず廃れてしまったものの、何十年もの長い時間を経て、夜来香の甘い香りに寄せた情緒纏綿としたこの歌は、ケ麗君(テレサ・テン)の歌声で復活しました。しかし、「何日君再来」等と共に、中国(中華人民共和国)政府により、聴くことも歌うことも禁止されてしまった時もありましたが、現在は中国大陸でも解禁され、今や全世界の中国人に好んで歌われるチャイナ・メロディーの代表曲となっています。
 日本で歌った歌手は、渡辺はま子、山口淑子、胡美芳などがいます。一番有名なのは、李香蘭が日本に帰国後、山口淑子の名前で吹き込んだ日本語版で、1950年(昭和25年)年1月にビクターレコードから発売されています。なお日本語訳詞は、佐伯孝夫が行いました。しかし、1943年に発売されたオリジナルの夜来香とは、歌詞の内容が少し異なっています。作曲家の服部良一は、この曲を元に「夜来香幻想曲」を作りました。
『ウィキペディア(Wikipedia)』より転載
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9C%E6%9D%A5%E9%A6%99

 1945年6月、山口淑子は上海の大光明大戯院で 『夜来香幻想曲(ラプソディー)』 と名付けたリサイタルを開き、大成功をおさめるのです。
 夜来香(黎錦光 作詞・作曲 日本語詞佐伯孝夫)はいうまでもなく淑子最大のヒット曲で、戦後は李香蘭の名で、1950年には山口淑子として日本語の歌詞で歌い、再びヒットさせるのです。
 夜来香幻想曲とはこのリサイタル最後の曲目で、服部良一がガーシュィンのラプソディ・イン・ブルーのタイトルにヒントを得て、夜来香にブギウギなどジャズの要素を取り入れてシンフォニックに編曲したものです。指揮は服部、演奏は当時東洋一のオーケストラといわれた上海交響楽団です。この時期、本来なら禁止されていた敵性音楽であるジャズを演奏できたのは、音楽に理解ある中川中尉のおかげでした。
 リサイタルは大成功でした。最後の夜来香幻想曲の演奏が終了すると、熱狂した大勢の観客は立ち上がり、ステージに向かって押し寄せてきたのです。これには淑子や服部の方がむしろ驚いてしまいます。
 戦後、服部は笠置シズ子にブギウギの要素を取り入れた多くの曲を作りましたが、そのキッカケになったのはこのリサイタルの成功だったかもしれません。
『夜来香ラプソディー』より抜粋
 http://www9.wind.ne.jp/fujin/rekisi/china/karyu/kouran.htm


蘇州夜曲 1 - 李香蘭 YouTube
蘇州夜曲 1 - 李香蘭


蘇州夜曲 2 - 李香蘭 YouTube
蘇州夜曲 2 - 李香蘭


 一世を風靡した「蘇州夜曲」について

  蘇州夜曲 
      作詞:西条八十 / 作曲:服部良一

  1 君がみ胸に 抱かれて聞くは
    夢の船唄 鳥の唄
    水の蘇州の 花散る春を
    惜しむか柳が すすり泣く

  2 花をうかべて 流れる水の
    明日(あす)の行方(ゆくえ)は 知らねども
    こよい映(うつ)した ふたりの姿
    消えてくれるな いつまでも

  3 髪に飾ろか 接吻(くちづけ)しよか
    君が手折(たお)りし 桃の花
    涙ぐむよな おぼろの月に
    鐘が鳴ります 寒山寺(かんざんじ)

 蘇州夜曲のオリジナル盤と呼べるレコードは、渡辺はま子と霧島昇のデュエットによって昭和15年に吹きこまれ、戦時下の日本で大ヒットしました。しかし、この歌を語るならば、大切な人を忘れてはいけません。
 その人は、当時、"李香蘭"と名乗っていた山口淑子です。この歌は、そもそもが"李香蘭"が歌うことを前提として作られた歌なのです。
 前年の昭和14年の映画『白蘭の歌』(渡辺邦男監督、長谷川一夫共演)は日本国内で大ヒットし、"李香蘭"山口淑子は「歌う中国人スター」として人気を博しました。
 そして、すぐに長谷川一夫との共演による大陸映画第2作が企画され、当時すでにヒットしていた渡辺はま子の「支那の夜」(西條八十作詞・竹岡信幸作曲、)をそのまま映画のタイトルとし、劇中では李香蘭さんが「支那の夜」を歌うことを想定して映画の制作は進んでいったのです。
 支那の夜の挿入歌である蘇洲夜曲は、元々が渡辺はま子と霧島昇のデュエットの歌で、そのヒットから映画が作られたのです。 なぜレコードは渡辺はま子で、映画では山口淑子が歌ったかというと、作曲した服部良一も渡辺はま子もコロンビア所属であり、山口淑子はテイチク所属だったからです。当時の作曲家は所属の違う歌手に歌を提供することはできませんでした。
 しかし、音楽的センスがあった伏見修監督は「支那の夜」だけではなく、新曲として「もうひとつの主題歌」が欲しいと思い、親友の服部良一に要請しました。そして誕生したのが、この「蘇州夜曲」だったのです。
 作詞は当時すでに大家だった西條八十で、昔の歌謡曲ならではの、言葉の美しい、情景豊かな名詩となりました。


何日君再來 - 山口淑子 (1952)
何日君再來 - 山口淑子 (1952)


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日比野景ファンクラブより日比野景様に贈られた夜来香の花
      志木ふれあいプラザにて
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