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映画「まぼろしの邪馬台国」の最後に、吉永小百合さんが「島原の子守唄」(「島原地方の子守唄」ともいいます)を切なく唄っています。 九州出身の私は、昔からこの唄を耳にしていましたが、唄の意味がよくわかりませんでした。「よう、わからんじゃったとバイ」(なんかしらん九州弁が抜けん。 どげしよっかの〜)。 そこで、今回、自分の興味で調べてみました。インターネットには、ちょっとしか書かれていない。そのちょっとの資料と、図書館の蔵書をもとに、ある程度のことを調べてみました。自分の興味で調べたので、インターネットで公開する必要はないのですが、全国にはこの唄を愛唱されている方もおられるでしょうし、今回の映画「まぼろしの邪馬台国」の公開で興味をお持ちになった方もおられると思いましたので、発表することにしました。 九州出身ではありますが、子どもの頃のことでもありますし、島原の人にしかわからないような歌詞もあります。以下の解説には、かなり推測で書いた部分もありますが、大意が理解できればいいかな!と思っております。 「島原の子守唄」は創作子守唄です。島原鉄道の専務から作家に転身した宮崎康平氏が、実際にわが子の子守をしながら、山梨県の「縁故節」を下敷きにして、昭和30年(1955年)に作詞作曲した唄です。 曲を聴くと哀愁深く聞こえてきますが、日本の子守唄の多くがそうであるように、この唄もけっして爽やかな懐かしい郷愁がある歌ではありません。子守唄は、本来は生活の歌なのです。 かつて、島原半島や天草の農家の人たちは大変貧しく、自分の娘を売らなければ生活していけないほどであったといわれています。遠く中国や東南アジア各地へ売られていった娘たちのことを「からゆきさん」といいます。つまり、「からゆきさん」とは元来、唐(から)の国=外国へ出稼ぎに行く人々を総称した九州北部の方言で、とりわけ島原・天草出身者が多かったといいます。島原の子守唄は貧しいがゆえに異国へ送られていった娘たち(からゆきさん)の悲しみ、哀れさ、一方で「からゆきさん」をうらやむ貧しい農家の娘の心を描写したものといわれているそうです。 子守唄とは、もともとは母親が子供を寝かせる歌ではなくて、子守りの娘が仕事の辛さを歌ったものでした。その心を唄に託したのが、この「島原の子守唄」です。 「涙(なだ)そうそう」で有名なボーカリスト夏川りみさんが歌う子守唄のCDが発売されています。夏川りみさんが歌うCDには、以下の歌詞の1番と最後の5番が録音されていますが、ここではCDに録音されていない歌詞を含めて転載し、理解できる範囲で関東弁への翻訳と解説を試みましたので、紹介します。 夏川りみさんの「島原の子守唄」は、ほんのわずかですが、下記のサイトで試聴できます。 http://smil.jvcmusic.co.jp/naviasx?cd=SE3WN-11528&sid=NAAH 島原地方の子守唄 / 岩崎宏美 (YouTube:音声のみ) (1) (訳) 私は島原の 私は島原の 梨の木のある家で育った 何の梨だろう・・・何の梨だろう・・・ 色気も何も無しですよ そうですか 早く寝なさい 泣かないで おろろんばい 鬼池の久助さんが 連れに来ますよ (解説) 「おどみゃ」とは、島原の方言で「私」という意味です。「しょうかいな」は、 訳出はしづらいのですが、囃詞だと思います。無理に訳せば、「なるほど」「もっとも」という意味の「そうですか」でしょうか? 「おろろんばい」の「おろろん」とは、 インターネットに、オロロン鳥の鳴き声と書いてある記事もありますが、違うと思います。オロロン鳥は、北海道天売島ウミガラスのことであり、九州の鳥ではありません。「おろろん嵐」というのがありますが、関連はわかりませんが、島原の子守唄とは関係がないと思います。語源はわかりませんが、子どもをあやすとき「あばばばよ〜!」というような囃詞だと思います。「おろろん」は、「おろろ〜ん」と泣く仕種の九州北部の擬音語だという説がありました。関東で表現する「えーんえーん」という赤ちゃんの泣き声と同じなのだろうと推測されています。しかし、私は、詩を解釈すると、子どもをあやすときの囃詞と解釈したほうが自然だと思います。「ばい」は、九州北部地方の言葉の語尾です。『〜よ』『〜だよ』『〜だろうよ』といった意味です。例えば、「九州男児やけん、強か男になるばい。」とか、「そぎゃんこつ分からんばい」といったふうに使います。「鬼(おん)の池ん久助どん」の鬼の池(鬼池)は島原の対岸、天草の地名です。「鬼の池ん久助どんの 連れんこらるばい」は、「怖いオジサンがが連れ去りに来るぞぉ。」という意味です。「鬼の池の久助」というのは女衒(ぜげん)、娘を売買するブローカーで、実在のモデルがいたようです。女衒は、貧乏にあえぐ小作人などの娘を金で買い上げ、娼婦として売り飛ばすことで金儲けをしている者のことです。鬼の池久助は女の子を買いに来る恐ろしい存在なので、早く寝ないと連れて行かれるよ、と赤子を脅かしている言葉です。「色気なしばよ」というのは、自分自身は何の色気もない娘だから、自分は連れて行かれないだろうから、きっと大丈夫だと思い込みたいという切実な思いも込められています。 (2) (訳) 帰りには寄ってもらえませんか 帰りには寄ってもらえませんか (貧しい)あばら家ですけど 薩摩芋のご飯や粟ご飯 薩摩芋のご飯や粟ご飯 (白米ではありませんが)黄金色したご飯ですよ そうですか おろろんおろろん おろろんばい おろろんおろろん おろろんばい (解説) 白いご飯を食べられないという貧しさを表現しています。芋と粟の飯だから、黄金色で綺麗だよとは言っていますが、白いご飯が食べられないという貧しさを嘆いています。唐芋(といも)というのは九州の言葉で、関東の言葉でいう「薩摩芋」のことです。 (3) (訳) 山の家は火事ですよ 山の家は火事ですよ サンパン船は与論人 お姉さんはお握りで お姉さんはお握りで 船の底ですよ そうですか 泣く子は蟹に挟まれますよ おろろんばい (泣きやめば)アメを買って 持たせてあげましょうね (アメガタという罰を与える道具の説も?) (解説) 「かん火事」の「かん」とは何だかわかりませんでした。「かん」・・・感?缶?間?管?歓?寒?館?などと考えていては、いつまで経っても解決しないので、調べるのを諦めました。 「サンパン船は」とは、「小舟を漕いでるのは」ということです。サンパン船(sampam)は、沖に錨を打って停泊する貨物船に乗組員や家族、業者などを運ぶ小さな船のことで、港のなかをめぐる周回バスのようなものであることから、通船(かよいぶね)とも呼ばれます。「よろん人」は「与論島(よろんじま)の人」のこと。与論島は、奄美諸島に属する鹿児島県最南端の島。人口約6000人。「よろんとう」ともよばれるが、正式名称は「よろんじま」。「にぎん飯」は「握り飯」。「姉しゃんなにぎん飯で」とは、「お姉さんは握り飯をもらって食べているよ」という意味。娘達の密航を村の人々や警察等にばれないようにするためでしょうか、女衒が組織的に火事を起こして人々の注意を火事のほうに向けたのでしょう。その間に娘達は「サンパン船」という小船で沖合いの船に向ったのでしょう。この小船を漕ぐのは与論島の人だったらしい。そして娘達は船底に放りこまれます。握り飯は白いご飯、娘達が滅多に食べることの出来ないものだったのに違いありません。「ガネ」とは、九州の方言で「蟹(かに)」のこと。「かむ」とは「挟む」という意味。「アメガタ買うて ひっぱらしゅう」の意味は、いくつかの解説によると「飴を買ってあげるから泣き止んで」という意味と、「アメガタ(轡のようなもの)をはめてだまらしてやる」という脅しの意味があるらしいです。 (4) (訳) お姉さんはどこに行ったのかな お姉さんはどこに行ったのかな 青煙突のバッタンフル 唐はどの辺りなの? 唐はどの辺りなの? 海のずっと果てですよ そうですか 早く寝なさい 泣かないで おろろんばい おろろんおろろん おろろんばい (解説) 「どけ」とは、「どこに」という意味の九州弁です。「青煙突のバッタンフル」は、バターフィールド社の船で外国船のこと。大正のはじめ三池築港が完成するまで、長崎県南島原市の口之津が三池の外港であり、三井三池炭鉱の石炭が積み出されていました。そこには香港のバターフィルという船会社の船が出入りしていて、地元の人たちは「ばったんふる」と呼び、後には外国の貨物船をすべてそう呼んでいました。 娘達が密輸される夜は、決まって山の民家に付け火があり、町が騒然となるその隙に、口之津港からひっそりと船が出て行きました。その船底では、にぎり飯をあてがわれた娘達が、苦痛と反逆と諦めとの乱れあう長い船旅を強いられていたのです。彼女達は「からゆきさん」と呼ばれていた出稼ぎです。 (5) (訳) あそこの人たちは二つも あそこの人たちは二つも 金の指輪をはめてらっしゃる 金はどこの金なの? 金はどこの金なの? 唐の金なんだって そうですか お嫁さんの口紅は 誰からもらったの? 唇につけたら より赤くてきれいでしょうね (解説) 多くの「からゆきさん」達には悲しい運命が待ち受けていました。しかし、少数ながら成功して帰って来る者もいました。華僑の富豪等に見初められて夫人や妾になった者や、何かの商売で成功した者。指には金の指輪が二つも。子守りの貧しい少女はそれを見て蔑みながらも羨みます。 「あすこん人(し)」とは、からゆきから帰国した女性のことで、成金となって「金の指輪」を2つもはめている、と歌っているのです。金の指輪はどこの金なのか、といえば、唐、つまり外国で稼いだ…と続けています。後半は、お嫁さんの赤い口紅は誰がくれたのかしら? 唇をつけたら燃えるようにきれいだろうに、と歌っています。そのお嫁さんは「からゆきさん」であって、華僑の富豪等に見初められて妾になった女性を羨望と蔑みの両面の複雑な心境で歌っています。なにしろ、あばら家で粟飯しか食えない郷土で、金の指輪をはめているのですから、目立ったでしょう。それを見る郷土の人たちの眼差しの複雑さと、それに耐えて突っ張って指輪を見せびらかす女の心が実によく表現されています。嫉妬、軽蔑、賎業で稼いだくせにという蔑視、そんな感情がどろどろと渦巻くのが人間社会です。からゆきに行った女性も、貧困のなかで郷土に残った女性も、互いに憎しみや蔑みの思いを抱いて反目しあったとは、あまりに悲しい。 (5) (訳) 読んで詩の通りです。 (解説) 島原の対岸、天草(あまくさ)のことを歌っています。県でいうと、熊本県です。 天草とは、九州の有明海・八代海(やつしろかい:不知火海)と天草灘によって囲まれた天草諸島のことです。 「不知火」とは、有明海や八代海で、夜間無数の光が明滅する現象です。 漁船の漁火(いさりび)が異常屈折によって光像を作るために起こります。 八朔(はっさく)(陰暦8月1日)ごろの月のない夜に多くみられます。 「バテレン」とは「伴天連」と書き、宣教師のことです。 「伴天連祭り」は、天草市の下島南端の牛深(うしぶか)という漁港の祭です。 ------------------------------------------------------------------------------------ リンク: 「まぼろしの邪馬台国」 http://matiere.at.webry.info/200811/article_1.html ------------------------------------------------------------------------------------ |
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