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zoom RSS 【歴史】三国志について

<<   作成日時 : 2005/10/01 19:53   >>

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今より遡ること、1800年近く前の時代、中国の実際の出来事である。

後漢末、朝廷の政治に不満をもつ”黄巾の乱(後漢末の農民大反乱)”が起きたことを境に、群雄が割拠し、長い戦いの歴史がはじまる。

幾多の戦い末、後漢は滅亡。曹操(そうそう)+曹丕(そうひ)親子の「魏(ぎ)」、軍師諸葛亮(しょかつりょう)を擁する劉備(りゅうび)の「蜀(しょく)」、孫権(そんけん)の「呉(ご)」の三国が勝ち残り、各々が政府を樹立する。 そして、この三つの勢力が、中国大陸の天下統一を目指して争うことになる。

西暦220年に「後漢」が滅亡してから、280年に「晋(西晋)」が中国を再統一するまでの間の戦乱の時代であり、この時代を三国時代と言う。

 (1)黄河流域のの王であった曹操の死後、その後を継いで、
    220年に息子の曹丕魏の皇帝になった。
 (2)翌年の221年には、四川地方に拠った劉備蜀の皇帝となり、
 (3)229年には、長江(揚子江)流域に拠った孫権呉の皇帝となり、
この世に一人だけと言う建前の中国の皇帝が同時に三人立った。

       
       曹操(魏)             劉備(蜀)             孫権(呉)

三国志とは、黄巾の乱が勃発し、各地に群雄が割拠し、長い戦いが続いた中国を舞台とした歴史物語である。

三国志のゲームや物語に入りやすいように、
以下、ごく簡単に三国志の時代の流れを記す。

184年 黄巾の乱勃発。曹操、劉備、孫権らが討伐軍に加わる。
     後漢は大きく乱れる。三国志時代の幕開け。
190年 暴君董卓、呂布に暗殺される。献帝(後漢の皇帝)を洛陽から長安(現:西安)に移す。
     群雄割拠の始まり。
200年 官渡の戦い(曹操勝利)。曹操、中原制覇。.孫策が没して孫権が後を継ぐ。
208年 赤壁の戦い(曹操敗退)。天下三分の大勢決まる。
214年 劉備、益州を制圧。天下三分し蜀・呉の対立深まる。
215年 合肥の戦い〜孫権が魏の最前線合肥を攻めるが、
     逆に曹軍の武将、張遼に討ち取られる寸前まで追い詰められ辛うじて逃げのびる。
220年 曹操没し、子の曹丕が後を継ぐ。曹丕は献帝を廃して魏を建国する。後漢滅亡。
221年 劉備が漢(蜀)の皇統を継ぎ昭烈帝となる。諸葛亮が丞相となる。
     劉備が孫権討伐軍をおこす。孫権、呉王となる。
223年 劉備没す。劉禅即位。
229年 呉の孫権が帝位につき、建業に遷都する。
234年 五丈原の戦い(諸葛孔明、陣没)。
249年 司馬仲達、クーデターに成功 。
263年 蜀攻略戦〜蜀が魏に滅ぼされる。
265年 魏が晋によって滅ぼされる。洛陽を都とする晋王朝(西晋)が建国される。
280年 呉が晋によって滅ぼされる。晋(西晋)の天下統一成る。 
     ここに三国時代は終焉 する。

その後、晋では、遊牧民であった鮮卑や凶奴がそれぞれ勝手に政権を樹立し、西暦316年に晋王朝は滅亡したが、呉の司馬氏一族の司馬睿が、晋の滅亡の知らせを聞いて、地元の有力者王導と、江南の地へ逃れてきた晋の貴族とともに、晋を再建した。これを東晋、そしてその前の晋を西晋と歴史学では区別している。


三國志物語〜蜀・魏・呉の足跡をたどる〜

(地図:ユーラシア旅行社)


三国志には、『正史 三国志』と『三国志演義』がある。
三国志演義は、羅貫中が正史を小説化したものである。

『正史 三国志』は、西晋の時代(265年-316年)に陳寿という歴史家によって書かれた歴史書である。魏・蜀・呉の三国の興亡の物語が「三国志」といわれるゆえんは、陳寿の書いた歴史書の書名が、『三国志』であることにちなむ。

『三国志演義』は、この正史をもとに、15世紀、明の時代に羅貫中がまとめた小説である。『三国志演義』は、中国にとどまらず世界でよく知られており、その後に作られた文学・漫画などの作品はほとんどが『三国演義』を元としている。

以下、『三国志演義』の戦争について略記する。
 1. 官渡の戦い
     袁紹と曹操の中原の覇権を賭けた大一番。
 2. 蜀攻略戦
     蜀滅亡の一戦は、魏にとっても最後の大戦となる。
     蜀が滅亡した2年後、魏は晋によって滅ぼされる。
 3. 合肥の戦い
     孫権率いる10万を、張遼率いる魏軍が7千で迎え撃った戦い。
     張遼の奮戦が光る。
 4. 赤壁の戦い
     江南征伐へと赴いた曹操が劉備・孫権連合軍に敗れた戦い。
     このとき、曹操による天下統一の可能性は失われたと言って良い。

ジョン・ウー監督が、主演の曹操役に渡辺謙を指名し撮影を予定している「三国志」の香港映画は、曹操敗退の哀れ「赤壁の戦い」に焦点をあわせたものだ。

『三国志演義』では、主に劉備が豪傑関羽張飛と義兄弟となって、宿敵曹操と戦いながら、軍師諸葛亮を得て国を持つというのがメインストーリーである 。 その中でも時代の激動の中、数多くの武将達が登場し、さまざまな人間模様が大きなスケールで展開する。ストーリーもさることながら現代人にも共感し得る事がたくさんあることが、三国志の最大の魅力であり、今もなお続く人気であろう。

       
       関羽(蜀)             張飛(蜀)             諸葛亮(蜀)


三国志は名前の通り、魏・蜀・呉の三国の興亡を中心とする筋とし、三国の名を冠する作品は歴史書であれ物語であれ、そこに違いはない。

ただし、内容を大別すると、
陳寿の『正史 三国志』をはじめとする歴史書は、撰者の陳寿が魏から皇位を禅譲されて成立した晋に仕える人物であったことから、曹操の建てたが後漢を継承した正統王朝であり、正統な皇帝が支配する王朝は魏のみであったとする立場にあり、『三国志演義』をはじめとする物語の多くは、朱子学的な血統による正統の継承を重んじる意識から、漢の皇室劉氏の血を引く劉備が皇帝として支配したこそが後漢の正統な後継者であるとする。このような違いから、これらは同じ事実に対してもまったく反対の解釈をとっていることがある。

「正史 三国志」の著者、陳寿は、蜀の国の巴西郡安漢県(現:四川省南充県北) の出身。蜀に仕えて観閣令史となったが、宦官の黄皓に逆らったため官を免じられた。蜀の滅亡後、西晋(首都・洛陽)に出仕し、司空の張華に史才を認められ著作郎に任命され、「三国志」を著した。三国志という題名は陳寿自身がつけたものではなく、彼が書いたものは「魏国志」「蜀国志」「呉国志」の3書で、それぞれが独立していた。陳寿の死後、他の人が3書をひっくるめて「三国志」と呼ぶようになった。陳寿の「三国志」で、魏を中国の正当な王朝として書いているのは、陳寿が出仕した晋(西晋)が、魏王朝の後を継いだ王朝であるためである。このためか、魏の王・曹操について、陳寿は「非常の人、超世の傑」(非常な才能の持ち主であり、時代を超えた英雄である)と評している。逆に、魏と敵対する蜀の武将に対しては、扱いが冷たいようだ。例えば、蜀の軍師・諸葛亮孔明の伝で、諸葛亮は将略に長じておらず、応敵の才がないと書いている。

なお、正史と言っても「三国志」はあくまで選者によって取捨選択されて執筆された歴史書であり、三国時代の歴史事実をそのまま誤りなく写し取ったものではなく、歴史を描き出した作品のひとつに過ぎないことも事実である。

「三国志演義」の著者、羅貫中は、山西省太原市(三国時代の魏の国の晋陽)の出身。一説には、 銭塘(浙江省杭州)の人。晋の時代、陳寿によって著された「三国志」が国に認められた正統な歴史書であるのに対し、「三国志演義」の方はこれを題材に虚構を交え、物語としての面白さを追及した歴史小説である。どちらも後漢末から魏・蜀・呉の三国への分裂、晋の統一までという動乱の時代を描いている点は同じであるが、「三国志演義」には史実とは異なる描写もあり、あくまでも史実をもとにした小説であるにすぎない。 羅貫中は、「三国志演義」で蜀を中国の正当な国としており、かなり蜀びいきである。「三国志演義」は、「正史 三国志」とは違い、蜀の劉備と、関羽、張飛、諸葛亮をはじめとする蜀の人々を主役とするものである。ここでは劉備=善玉、曹操=悪玉、孫権=小悪党として描かれている。「三国志演義」は、史実を書いた歴史書ではなく、娯楽のための書物である。

「三国志演義」では、蜀の主役であった軍師・諸葛亮孔明のすごさを書いているが、諸葛亮と並んで人気があり、蔭の主役と目されるのは関羽である。劉備に仕えながらも、魏の曹操とも親交を深めた人物である。関羽は、山西省解県(現在の運城市)出身であり、羅貫中にとって、いわば、郷里山西省が生んだ英雄にほかならない。このため、羅貫中は「三国志演義」を著すにあたり、関羽の描写に力を注ぎ、ここぞというときに関羽の見せ場を設定し、その魅力を浮き彫りにしている。「三国志演義」というフィクショナルな物語の世界において、著者羅貫中のみごとな描写力によって、関羽は史実を超えた魅力あふれるイメージが加えられ、新たな生命を得たのである。

日本では、三国志は、講談社版・吉川英治の「三国志 全8巻」が定番である。羅貫中の「三国志演義」をベースとしつつも、ドラマ性は失わず、「正史 三国志」を取り入れて、歴史的事実を忠実に反映しているように思える。「演義」と最も記述の異なる部分は、魏の王・曹操に関する部分である。「演義」が悪役と見立てている曹操を、吉川三国志では、曹操の良い面を取り上げて、なぜ「魏」という大国を作り上げることができたのかが理解できる内容になっている。吉川三国志は、日本における三国志の原点であるといっても過言ではないと思う。

「三国志演義」やそれを基にする漫画や小説では、一般に曹操が悪人で、劉備が正義のように書かれ、孫権がおまけのように扱われているが、曹操が悪人決めつけるのは間違いで、彼はずいぶん手荒なことをやってはいるが、善政を心がけている。そして、とかく才能のある人物は、他人の才能を妬みがちであるが、曹操は、例えば自分で孫子の兵法に注釈がつけられるほど才能があったのにも関わらず、人材を積極的に登用している。そして、礼儀正しいが仕事が出来ない人や、口ばっかりの人は遠ざけている。

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リンク

 【映画】香港映画に「三国志」登場!
   香港映画に「三国志」登場!
    http://matiere.at.webry.info/200509/article_2.html

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以下、三国志のゲームソフト、コミック(漫画本)、単行本(入門本)について、紹介する。

ゲームソフト

   コーエー 歴史シミュレーションゲーム
    三国志10(Windowsバージョン)(PlayStationバージョン)
     http://www.gamecity.ne.jp/products/products/ee/Rlsan10.htm
    三国志8(Macintoshバージョン)
     http://www.gamecity.ne.jp/products/products/ee/Rlsan8.htm    

コミック(漫画本)

   三国志演義を巨匠の横山光輝が原作に忠実に漫画化したもの。
   三国志の漫画は山ほどあるが未だに横山作品を超えたものはない。

   『三国志』全60巻 横山光輝著、 潮出版 希望コミックス 
   『三国志』全30巻 横山光輝著、 潮漫画文庫

単行本(入門本)

 −『三国志演義』に関する入門本−

   『三国志』全8巻 吉川英治、講談社(吉川英治歴史時代文庫)
     三国志小説の古典的名作。
      『三国志演義』を下敷きに、吉川流にアレンジを加えていて面白い。

   『完訳 三国志』全8巻 小川環樹・金田純一郎訳、岩波文庫
     三国志演義の邦訳。こちらが本来の三国志演義。

   『三国志演義』井波律子、岩波新書
     成立過程や物語構造、文学性などの様々な角度から、
      『三国志演義』の魅力を分析している。この本を読むと、三国志がもっと面白くなる。

 −『正史 三国志』に関する入門本−

   『三国時代スペシャル』 ログイン&アスペクト編集部、アスペクト
     「ログイン」に連載されていた「三国時代」というコーナーの単行本。
     文章は面白く書かれており、なおかつ鋭い分析が光る。
     かっこいいイラストもたくさん載っていて楽しめる。

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内 容 ニックネーム/日時
黄巾の乱の曹操の軍の兵士はどれだけいたのでしょうか
ドラゴン
2009/08/31 19:53

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